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瀬戸内海

瀬戸内海(せとないかい Seto Inland Sea)とは、本州、四国、九州に挟まれた内海。山口県、広島県、岡山県、兵庫県、大阪府、和歌山県、香川県、愛媛県、徳島県、福岡県、大分県がそれぞれ海岸線をもつ。沿岸地域を含めて瀬戸内(せとうち)とも呼ばれている。「せとないかい」という呼称は「瀬戸内」の「海」ではなく「瀬戸」の「内海」であるからである。

古来から、畿内と九州を結ぶ航路として栄えた。 気候は瀬戸内海式気候と呼ばれ、温暖で雨量が少ない。
東西に450km、南北に15 - 55km、平均水深:37.3m、最大水深:105mの内海である瀬戸内海は複数の島嶼群で構成され、医師であり博物学者であったシーボルトを初めとして数多くの欧米人から高く評価された景勝地であり、19世紀後半の1860年、日本では明治維新直後に瀬戸内海を訪れたシルクロードの命名者でもあるドイツ人の地理学者フェルディナンド・フォン・リヒトホーフェン(Ferdinand Freiherr von Richthofen,1833年 - 1905年)の旅行記により世界中に紹介され、今もなお風光明媚な風景として絶賛される地域である。

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また瀬戸内海は古来、豊かな生態系を持つことで知られ、現在でも天然記念物の節足動物のカブトガニ、小型鯨類のスナメリなどの海洋生物や、 アユ、ホホジロザメを初めとする400 - 500種類を越す魚類が生息している。また現在の状況からは想像しがたいが、瀬戸内海はかつてクジラの一大生息地でもあった。コククジラやセミクジラなどが多かったとされる。これらのクジラは捕鯨と汚染により瀬戸内海からはほぼ消え去ったが、他種のクジラならば現在でも稀に迷入することがある。

瀬戸内海という概念が誕生したのは、江戸時代後期とされる。それまでは和泉灘や播磨灘、豊後灘、安芸灘など、より狭い海域の概念が連なっているのみで、現在の瀬戸内海全域を一体のものとして捉える視点は存在していなかった。

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2009年12月17日 09:26に投稿されたエントリーのページです。

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